Story to the NEXT?



暗闇。

上下左右にその言葉と同じような風景が広がっている。
そこにいるだけで上か下か、わからなくなっていくような感覚にとらわれてしまう。
しかし、その空間に、一人の人物が『いた』。
だが、立っているのか、はたまた落ちているのかわからない。
しっかりしたことは、その者が意識を持っていること、そして何故かその闇に身をゆだねていること。
ふと、その者が瞳を半眼にし、その真紅の瞳は辺りの様子を見るように動かし、また閉じる。
その者は真紅に染め上がっている長髪を指でなぜる。
また来てしまったか―と、つぶやく。
彼女……いや彼は人間ではない、人と獣との間―獣人と呼ばれる種族。
はっきりとわかるように、彼の顔は狼の顔を持ち、動物の耳が大きく上に向く。
クレス=ファンレッド……それが彼の名前である。
しかし、今となってはその名前も無意味に近いものがある。
彼は今しがた、仲間の目の前で消え去り、この空間へと
放り出されたのである。
消える、それは存在を失うことになる。
しかし、何故意識が保っていられるのか?彼はそれを今考えていた。
前にも同じようなとこに放り込まれ、そして光が差し込んだ。
それは彼がある巨大な力を持つものと戦った時に放った、魔法の反動により、ここへと放り込まれたのである。
つまり、この空間は死の者がくる場所。



「……さて、どうするか……」
死を迎えたのであれば、そのまま身をゆだねるしかないが、彼はそれを変えたいと思っていた。
親友に、約束したのだから。
とりあえず、歩く動作をしてみる。
しかし、この空間で『歩く』と言う動作にどういう効果を得れるかはわからないが、何もして無いよりはましと考えたらしい。
意外にも、足につく感覚はしっかりとしたもので、動かすたびに地面へと足をつけているように感じる。
「…………」
数分、いやどれくらいの時間が経ったかわからないが、彼はふと足を止めた。
「…………ン……」
小さく、誰にも……そして自分にもわからないぐらい小さな声でつぶやく。
そして、強く願う。
もう一度会いたいと―


その時、小さな光が、彼の『上』から降りてくる。
その光を見て、彼はある魔法を思い出すが、それよりも今現れた光の球へと意識を戻した。
―みかん食うか?―
その光から、突然声が響く……だが、その声に彼は聞き覚えがあった。
「い……いきなり現れてみかんかよ……」
嬉しさと脱力が同時にきたのを感じた。
―ん、みかんは栄養価が高いのだ、食べろ―
彼の弱弱しいツッコミを無視し、光からにゅっと、みかんが生えてきた。
彼は新たにツッコミを入れようかと思ったが、中断し、そのみかんを手に取る。
橙色に染まるその果実は、ちゃんとクレスの手で感覚があった。
自分はまだ生きているんじゃないかと思えるほどに……
―お前はまだ死んではいない―
心を見透かしたように、光がそう答える。
その言葉にクレスはぎょっとした顔をし―
「死んで……ない……って?だったら、なんでここに……」
―肉体が滅び、一時的にここへと私が呼び寄せたのだ。精神のみここにな―
「肉体が滅び……た?……なら、元には戻れないのか……」
自分の手にあるみかんを握り締めようとしたが、やめた。
―あぁ、だが、生きて戻れる可能性はある―
「!……どうやってだ!?」
―やるか?お前にならできそうな気もしないでもないが……それはお前の努力しだいだな―
「戻れるなら……何でもする!」
彼の言葉に、光は笑うような声を出し―
―ふふふっ……奴は面白い奴を選んだものだ……私も気に入った―
「え……?」
―いいだろう……やってみせろ、お前の努力でな―
光がひゅんっと『上』へと消えていく。
「待てよ!俺はどうすればいいんだ!」
『上』に向かって声を大きく張り上げる彼の言葉はむなしくも空間に響きわたった。
そして、その声が消えると正面に光が現れる。
今度の光は、球とも呼べるものではない……扉のように思える。
「……やってやる!」
みかんを懐に入れ、彼は光の扉へと走り、手を伸ばしたと思ったら、引きずり込まれた。
それは力強く、そして有無を言わせないような力で。
その力は手の形をしていた。
いやこれは手だ、人じゃなく獣でもない、獣人の・・・。

そしてその手にひっぱられて俺は光の中から外へと。






第一話 ありえない日常の中の平穏。




1 見えない絆



空が透き通ってるように綺麗で、雲が俺の顔を横切る。
頭上から襲い掛かってくる暴風が俺の髪を遊んで通り抜ける。
俺の足元に太陽がまぶしくこちらを照らしている。
予想がついた方もいるだろうが、俺は現在空の上、しかも落下中である。
「…………何故!?」
とりあえず突っ込みを入れておく、何故こんなに余裕かというと魔法が使えるぶんゆとりがあるというか、まあ、そんな感じだ。
俺は落ち着きながら呪文を唱え、言葉を発する。
「フィン・ウィング!」
その瞬間、俺の体は風が包み込み、たちまち浮遊する……はずなのだが、どういうわけかいっこうに魔法が発動する気配が感じられない。
何故!?
「フィン・ウィイイイイング!」
再度唱えたが、あまり……いや、一切効果があらわれることがなかった。
…………………………
「たああぁぁぁすうぅぅぅけえぇぇぇてえぇぇぇぇぇぇ!!!」
先行き不安な旅になりそうだ……


「……しまった。」
小さな部屋の一角、獅子の顔を持った獣人がなにやらつぶやいた。
見た目と声からして30代ほどの男性だろうか、服は白いシャツに暗めの色の長ズボンを履くというラフな格好している。
手にはアイスティー入りのグラスを優雅に持ち、傍らにはクッキーを置いていた。
そんな外から見たら涼しそうだな、うらやましいなと思わせる獅子の男性は難しい顔をしながら部屋の窓を開けて空を見上げた。
天に浮かぶ雲が空に流されるままに動き、ときおり太陽を隠しては今の季節には少しありがたい日陰ができる。
男はまぶしそうに額に手をそえてずっと空を見つめる。
「まぁ、平気だろう、あいつのとこから来た者みたいだからな。」
なにやら自己完結をして部屋の奥へと戻っていった。
「――すまないが、クド、ちょっと使いを頼まれてくれ。」



目覚めは最悪だった。
俺の意識が覚醒すると同時に、酷い痛みが頭の中をかけまわった。
脳天に雷が発生したように、時折強い痛みをし、しばらくしたらそれもおさまってくる。
しばらく、肩を上下に動かし、深呼吸を繰り返す。
胸に手を当てると、自分の体毛がよくわかる。
あぁ、自分は獣人だったということが再確認する。
体を起き上がらせ、自分の服装を改めて見る。
コートにも似つかない薄い生地の肩までの茶色がベースの上着、昔から見覚えのある青の生地の意外と丈夫なズボン、あとはマジックアイテムとおぼしき装飾品の数点が、腕やら首やらに装着されていた。
何故だろう、知らない服なのに、いつも着ている服のように肌などに違和感がないのは。
そして、そこにいつもあるべきものがないもの。それを思い出せないのは何故だろう?
俺は胸に手を当て、あるものを探るように手を動かす。
ない、思い出した、あれがないんだ。
「封印が……解けてる……?」
特殊な鉱石で制御していた封印、膨大な魔力を持つものを器にし、ある魔族を封じていた。
それが解かれた!?
俺はその場を跳ね起き辺りを見回した。
それは起こってはならない事態、だが一瞬自分を冷静にさせる。
封印といっても、フェンリルと同化し表に出ないようにする呪文を施した装飾品で自分を保っていたのだが、解かれたとあれば自分の意識はなくなり、フェンリルが表に出てくるはずなのだが……
明らかにはっきりとした意識、どうやら封印は解かれていないと考えたほうがいいようだ。
しかし、何故?
思考をめぐらせている、そして一瞬だけ誰かの顔が脳裏によぎった。
次の瞬間起こる脳天から貫く激しい頭痛。
「いったああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
頭を抑えながらその場を転がり込む。
しばらく落ち葉と草木の中を痛みで転がっていると、その痛みはだんだんおさまってきた。
気がついたら大の字で寝ている状態に戻っていた。
「とりあえず、自分は旅の途中で……野宿でもしてたんかな……?」
自分で自分に確認して、疑問が出てくる。
野宿にしたって、荷物は?服の中を見てみると、それなりに金貨が入っている財布は残ってる。
だったら物取りにあったわけではないらしい。
どこかに置いてきてしまったのだろうか……?
「ま、あんまりいいアイテム持っているわけでもなかったし、いっか……」
俺はその場を立ち上がり、木々の間の遠くへと目をやる。
どうやら道が近いらしく、一部木々がない部分が見える。
「……道沿いに歩けば、町ぐらいは見つかるだろ」
簡単な結論を出して、俺はその場を離れていった。


町はそんなに離れた場所にはなかった。
ちゃんとした道に出たら、すぐ見える範囲に町の門が構えていた。
まわりが森のおかげか、木造建築が目立つ町だった。
町のまわりは木の塀で囲まれていて、木の城壁といってもいいぐらいだった。
しかし、町の名前はさきほど門にいた人に聞いてみたのだが、どうも聞いたことの無い町であった。
荷物がないせいか、どうも地図で確認もできないのが難点である。
「んー、とりあえず宿を取るしかないかなぁ……あとは隙間の空いた胃に入るものがほしいな……」
この町は道沿いに店を出せるらしく、立ち寄った商人なんかが店を出していたりする。
ふと視線の端に目に入る出店の一点。
甘いタレが焼かれると同時に芳醇な香りを漂わせる。
そしてそのタレの味がしみこんだ肉もほどよい感じに焼けてきて、油を落として火力も上がる。
言ってしまえば焼き鳥屋である。
商人のほかにも、こういった軽く食べるものを出す一般人も参加しているのである。
何はともあれ、人生というのは何かと選択肢を求められるものである。
今ここであの店に立ち寄らなければ、宿に着く前に倒れてしまうかもしれない!
そんな最悪な事態になることは避けるべく、俺は店へと足を運ばせた。
「おじちゃーん、10本ほどくださいな!」
「はいよ、兄ちゃんいっぱい買ってってくれるねぇ、今夜のおかずかい?」
「いやぁ――」
今から食べるんです――なんて言葉が出る前に、ふとおっちゃんの表情が変わり、俺の肩に手がおかれた。
「悪いな姉ちゃん、俺達のほうが先客なんだ……」
後ろを振り向くと、やたらと図体がでかい男が三人ほど、人間の男が真ん中に立って後の二人は獣人だったりする。
身なりからしてあんまりいい生活送ってなさそーなのがひとめでわかる。
俺はにこやか〜に笑顔を浮かべて――
「へぇ〜、そうだったんですか〜、ごめんなさい順番無視して」
「わかればいいんだよ、だがちょっとその店の奴に誰にも話せない話をしなきゃいけないから、姉ちゃんはどっか行ってな」
「えへへ〜、んじゃそうしてようかな〜?その前に一つ訂正があるんですけどぉ?」
ニコニコと笑顔を浮かべながら、俺は男の手を握り締めた。
「なんだぁ?俺にでも惚れ込んじまったか?しかしな、俺はお前みたいな――」
俺は男の言葉を最後まで聞かずに―
「ヴォルト!」
言葉と共に発生する力、その力は雷となり俺の体に纏って、手を介して男へと電撃を与える。
当然のごとく、男はちょっとぴすぴすになりながらも倒れて、見事に痙攣して地面に這いつくばった。
『あ、兄貴!?』
「たく、舐めるんじゃねぇよ、さっきから姉ちゃん姉ちゃんと……俺は男だ!」
男の体に片足乗せて踏みつける。
「てめぇ、なにしやがっぶべぇっ!」
なにやら文句を言う取り巻きAを顔面パンチで一撃のもと粉砕し、さらに文句を言いかけたもう一人の人物も黙らせる。
一瞬にして勝負が決まった。
ふっ、おろかな。
「たとえ別種族といえど、人の性別を間違えるなんて、言語道断!消し炭にされなかっただけでもありがたいと思うんだね!」
「あ……あの……」
「ん?」
振り向いて見ると、先ほどの焼き鳥のおっちゃんが引きつった笑みを浮かべながら、額に汗を流してた。
「あぁ、おっちゃん。焼き鳥でもできた?」
「……いや、そうじゃなくて……君がのした人……私の客だったんだが……」
あれぇ?
俺も若干頬を引きつらせて――
「……せ……先客ってそういうこと……?」
「他にどんな意味があるっていうんだい!」
「いやぁ……ははは……んでも、売られた喧嘩は買うって言うのが当たり前じゃない?」
はぁ、とため息をついておっちゃんは周りの状況を指差した。
……いつの間にか野次馬だらけである。
はたから見たら、客を一蹴した客として見えるだろう。状況としてはこちらがかなりやばい、か……?
「はは……ははは……それじゃあ!」
くるりときびすを返し、すばやく呪文を唱え、発動する。
「ウィング!」
「こら!にいちゃっ――」
ザ・責任逃れ。
後ろから止めようとするおっちゃんの声は聞こえなくなり、俺は町の外へと逃げていった。
いやぁ、人間誰しも間違いというものはあるということが身をもって思い知ったような気分だ。
まあ、実際身を持って思い知ったのだが……それは置いておいて。
これで今夜の宿は違う町へと移る必要があるようだ……見つかるだろうか。
町の外に出て、安心しきっていたそのとき、後ろから追ってくる気配に気づく。
まさか、空飛んでいる相手に対して、魔術が仕える自衛兵がいたのだろうか―
ふと、高度を下げて、木々の間をかいくぐるように飛ぶ。
飛んでいる下を見れば木々が生い茂っている場所である、もしかしたら追ってを撒けるかもしれないと思い、ただでさえ視界の悪いこの道を選んだのだ。
しかし、俺の予想とは大幅にハズレ、どうやら気配の主はぴったりと上空で俺の姿を捉えているらしく、ずれもなく俺をマークしている。
あちゃー……こりゃ、逃げ続けても無駄か。
俺は適当なところで術を解き、着地する。
俺を追っていた主が、羽ばたく音と共に着陸した。
鳥人?とふと、思っていたら獣人種には間違いないが、これも予想とはずれてしまった。
種族は俺と同じ狼の獣人種、ただ違うのは背中に生えている白い翼があるということである。
初めて見る姿に俺は少し驚きを隠せないでいたが、すぐに冷静を取り戻して対峙する。
「――ふぅん、あんた、自衛団の人かなにかか?」
「たまに真似事もするけど、今は違う。
 ちょいとお前に用があったんでな。」
自分に用?
「……なら、その用とやらをさっさとすませてもらいたいね、これでもあんまり暇じゃないんでね」
「――用ってのは……お前を連れて行くことなんだよ、ふん縛って連れて行くつもりだ」
「うへぇ……今から連れて行く相手にそんなことしゃべるかふつー……」
「普段なら説明するんだけどな。
でも、お前には説明したって聞きそうじゃないってのはさっき確認させてもらった。
…人を待たせてるんだ、あんまり手間をかけさせるなよ?」
そういって身構える相手。
俺は口元で呪文を唱え、相手に合わせて身構える。
最初に仕掛けたのは自分、唱えた呪文が完成し、そして解き放つ。
「フリーズ・アロー!」
俺の前に出現した数十本の矢が相手に向かって飛んで行く。
その全部が完全に相手をロックしていた。
―これなら……
と思ったのもつかの間、相手はその呪文をもろともしないように、魔法と正面衝突するように駆け出してくる。
切り抜けると判断したのかはわからないが、嫌な予感がよぎり、すぐに次の呪文の詠唱を開始する。
次の瞬間、その予感は的中した。
相手の翼が広がり、あたると同時に氷の矢は翼を避けるように、軌道を変えて通り抜けていった。
あまり驚くことは無い、魔法を増幅、減少させる効果を持つオリハルコン、これをどこかに潜ませておいて、小さな結界を張ればこのとおりというわけである。
おそらく翼にそれが潜ませているのだろう。
ならば、その結界よりも強い効果を生む魔法で!
しかし、そうさせてくれないのは当たり前だろう。
俺はくるりと踵を返して森の中をかけぬける。
「まだ逃げるか!」
後ろでは俺と同じように駆ける音が追ってくる。
時間を稼げればいいんだが……
草木をかきわけながら追手から離れようと駆け抜ける自分、そのすぐ後ろにはその追手が来ていた。
もう少しで呪文が完成する!
だけど、そのとき――
「みゃっ!?」
変な声と共に俺は目の前は暗闇につつまれた。
まあ、声を出したのは俺だが……
どうやら何かにつまずいて倒れてしまったようだ、口がいたひ……
すぐに起き上がり足を見てみると、どうやら罠がしかけてあったらしく、右足がロープでぐるぐる巻きになっている。
こりは……
俺の頭が危険を予知しているにもかかわらず、自分にはロープを切れる刃物を持ち合わせていない。
ひゅるひゅると音が聞こえ、やがて引っ張られる右足。
「このやろおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
森に響くその叫び声は、よりいっそう森に深みを増したように感じた……のかな?


「なんだが、最後まで悪態ついたな……」
間もなく、次の場面へ。
俺は足が引っ張られ、空中にぶらりんと吊り上げられていた。
当然のことながら、唱えてた呪文は叫び声で中断されてしまい、今はまったく抵抗もできない状態だった。
「うるうる、こんな乙女に何をしようってのよ」
「………男だろ?」
「…………うん」
やって後悔した。
「まあ、何しようってのはわからないんだけどな。
どうしてもお前を連れて来てくれって話…らしい。」
「…らしい?」
「…又聞きだからな。
まぁ、何かとんでもない事をしそうなら止めるから安心しな。」
一抹の不安が過ぎる、といって何か出来るわけでもないんだが。
「行き先は……言っとくか。
 ひとまず町に戻るぞ、さっきも言ったが人を待たせてるからな。」
「んじゃこの縄をはずしてくれ、頭に血が上る」
「悪いが、降ろすことはできても外す事はできないな、またお前逃げようとする可能性があるだろ?
あいにくだが、手も縛っていく」
「はぁ、そして俺は裏市場に売られていってしまうのね、およよよよ……」
そんな俺を見てこいつは――
「……口もふさいでいったほうが良さそうだな……」
そんなことをため息まじりで言ったのだった。
森を出て、初めてそいつの容姿をしっかり見ることになる。
蒼色に染まる毛皮に、短くした銀色の髪、近づくとよりわかる背の高さ……
自分とは違い、大人びた顔のつくりをしていたそいつは、俺の悩んでた部分すべてを解消していやがったのである。
かくして、俺と俺を追ってきた男は先ほどの町へ舞い戻ったのだが……戻ったら戻ったで役所に突き出されそうだなぁと考えてるさなか、先ほどの騒ぎはなかったかのように人がいつもと同じ日常に戻っていた。
まあ、ただ自分達を見て若干避けて歩かれているってのは感じているが、この際しょうがない。
なんせ足は外されたが手は縄でぐるぐる巻きにされている。
場合によってはSMプレイにも……いや見えないか。
そんな思考をめぐらせていると、やがて宿の中へと入っていった。
中は宿屋兼食堂を兼ねてるようで、夕食時の今の時間、人で賑わいを見せていた。
男は一言二言受付のおばちゃんに言うと、俺を連れて二階へと足を運ぶ。
若干おばちゃんの表情が……ま、いっか。
どうやら宿を経営するのは二階のようで、上った瞬間、やたら入り乱れている廊下が目の前に現れる。
「ここだ」
男は扉の前に立ち、俺に視線を向ける。
「外せ」
「ダメだ」
ちなみにこれは5回目のやりとりである。
俺は扉を見て――また男へと視線を戻す。
「こん中にいるのが俺を連れてこいっていった奴なのか?」
「――ああ、まああいつも頼まれたらしいけどな、俺がいなくてもやれそうだったんだが、どうやらどっかの誰かさんが騒ぎを起こして逃げちまうしよ?」
「うぐ……あ、あれは、そうだ、ちょっと急用を思い出してな、そのせいだ!」
「……そういうことにしておいてもいいが、とりあえず入るぞ?」
俺は少しうなずくと、そいつは扉を開けた。
でも、実際どんな奴が俺に会いたいのか気になってはいた。
良い意味でも悪い意味でも多少名が通った自分であるが、こうして強制的に連れてこられたのは久々だからだ。
扉が開いた先は開いた窓にその前に立っている一人の獣人族。
そいつが扉が開かれたのを気づいてこちらに振り向く。
はっ、と俺が口をあける。
背は低め、体は少しぶかぶかな服を着ているせいか、中肉に見えるがおそらく痩せ型だろう。
犬の耳に尻尾、ほぼ同種族の俺は犬獣人だと言うことはすぐにわかった。
俺が口をあけた理由はそいつの容姿だ。
少しショートの伸びたような茶色の髪に、吸い込まれるような水色の瞳をしていた。
次の瞬間――
「があぁっ!?」
急に襲いくる頭痛に俺は悲鳴をあげ、その場に倒れる。
おそらくその様子に吃驚したのだろう、二人は俺に駆け寄り――
「大丈夫ですか!?」
「おい、大丈夫か?」
俺の奥底にある何かをたたき出すようなその頭痛は、自分に何かを伝えるような……何かを思い出させるような……何か……何か……
少しづつおさまっていく頭痛、あいつを見て……俺に何が……
息を整えて、俺は大丈夫だと言い、二人を安心させる。
「よかった……」
安堵の声が前から聞こえてきた。
幼いながらもしっかりした声をした、その声の持ち主はさきほど見た人物。
俺は顔を上げると、そいつをまじまじと見つめた。
安堵の表情から疑問の表情へと変えるそいつを見て、俺はぼそりと無意識につぶやいた。
「…………レ……ン…?」
「へ?」
「お前、レンか?レンなのか!」
俺はそいつの手をつかんでさらに声を発する。
何故だろう、俺は知らない奴の名前を何度も……
しかし、それも長く続かなかった。急に頭に激痛が走り、俺は床へと突っ伏した。
頭痛とは違う、外面的ダメージを受けた俺は、ぴくぴくとしながらそいつをの声を聞いた。
「排除完了……」
「先輩!何するんですか!」
「いやぁ……だってよ?お前も困ってたし、こいつはこいつでわけわからないこと言うしよ?」
「だからって……何も排除しなくても……って、えっとクレスさんだったかな、大丈夫ですか?」
俺の名前を呼びながら、それは俺を起き上がらせた。
どうやら若干フュードアウトしていたらしく、光あるその部屋は若干まぶしさを感じた。
そして、いきなり殴られた恨みがこみ上げてくる。
「なにしやがる!」
「お前こそ何してんだ!」
手と手を合わせてお互い押し合う勝負。
互角と思いきや、おそらくあっちのほうが力は強い……ならこっちはそれを利用して――
「やめてください!」
ぐぐぐっ、と押し合っていると、犬獣人の子が大声を上げてバックに手をかけようとする。
それを見た瞬間、狼の奴は表情を変えた。
「待った!やめるから、状況を考えろ!ここは二階だ、それはやめよう、な?」
何か様子がおかしいが、ここは黙ってたほうがいいようだ……
「……もう、先輩、頭に血が上ると止まらないんですから……」
「すまねぇ、でもお前のそれは最終手段みたいなもの……にしてくれ……」
ほっとしたように、狼の奴は言った。
その口ぶりからすると、どうやら二人は学校か何かの先輩後輩にあたるようだ。
犬の子も嬉しそうな視線を、狼の奴に向けてはなっている。
若干羨ましいのは気のせいだろうか……?
「あ、そうそう、先輩達が戻ったら食事時ですし、したの食堂で何か食べませんか?」
「やっぱり日帰りは難しかったか、今月もやばそうだが……しょうがないか」
どうやら金の相談のようだが……
「金がないなら、俺が出してやろうか?」
俺の提案に、二人はあっさり首を縦に振ったのだった。

下の食堂で、簡単に注文をすると、俺は口を開いた。
「その前に、お前ら二人の名前を知りたいんだが……」
早めに来た飲み物をすする犬の子と暇そうに片方の腕をついて待ってる狼の男。
「そういえば、まだ自己紹介がまだでしたね……僕の名前はクド・レッペルといいます」
「フィンド・ソートプスだ、見てのとおり純血じゃないことはわかるだろ?」
おそらく翼のことを言っているのだろう、しかし、その翼は縮小拡大が可能なのようで、今は小さく邪魔にならないようになっている。
純血……とかは聞いたことは無いが……
「俺はクレス=ファンレッド、見てのとおり魔道士だ、よろしくな」
よろしくと二人とも返事を返す。
しかし、クドは見れば見るほど……なにか……
その視線に気づいたフィンドは――
「おい、あんまりじろじろ見るな」
「んー……まあ、わかったよ……」
なんかいきなし敵対心を生んじゃった気がするが……
自分も頼んだ飲み物をすする。
グレープフルーツを風味と味を生かすため、細かく刻んでまとめてろ過をし、炭酸水で割ったもののようだが、これはなかなかいける。
皮の苦味と炭酸の苦味を、他の柑橘系の果物の甘みで相殺せず両方を生かされている。
んーみゅ、ここまでおいしい物を作るのはなかなかいない、料理もどうやら期待しても良さそうである。
そんな感想を頭の中でのべている途中、クドが口を開いて聞いてきた。
「そういえば、クレスさんはどちらから来たんですか?」
「ん?聖都市ウィルディっていうとこからだ……」
瞬間、きょとんとした表情を浮かべる二人。
「……それ、どこだ?」
「……へ?」
「聖都市……て言うからには、かなり大きなところなんですよね?」
「……えっと、知らないのか?この大陸の首都……」
その言葉に、さらに疑問の視線を浮かべる。
あきらかになにかおかしい……
「ま、まあ、整理するのは僕達の家にいってからでいいですよね?」
「そうだな……いや、まあここでは情報不足ってのがあるけどな」
どうやら従うしかないようである……納得はできないが……
確かにここで情報を集めるには不足分が多すぎる。
それよりもまず……腹ごしらえだ。
運び出された料理を見て、二人は驚愕した表情をした。
若鶏のバターソテーにコーンポタージュ、シュリンプサラダに子羊の香草煮、牛100%ハンバーグ等々、えとせとらえとせとら。
まあ、いつもより少ない気もするが、こんなもんだろ?
「い……いつも、こんな量食べてるんですか……?」
「んーみゅ、いつもより少ないほう……かな?」
「うげぇ、これ以上食う気か……?」
「まあ、いいじゃねぇか、俺が払うんだし……」
フォークで肉の一切れを取り、口へと運ぶ。
とろけるようなお肉、じわ〜っととけていくその味わい……腹が減っていた分余計においしく感じる。
はぁ……おいひぃ……
「ええっと……涙、出てますけど……」
フォークをくわえながら、クドが俺を見る。
「……なんか、最近何も食べてなかったみたいで……」
俺は久々とも言える食事を、味わって食べた。
人と食べるのも久々なせいか、いつもより少し騒がしい食卓となった。


食事を終え、俺達は部屋に戻ってきた。
軽い量だったとはいえ、重いものが多数ふくまれてたせいか、腹8分目ぐらいかもしれない。
「しっかし、すごい量を食ったな……」
「しかもおかわりもしましたね……」
フィンドとクドが口々に言う。
どうやら二人は自分みたいなのを初めてみたようである。
「そ〜かなぁ……俺としてはもうちょい食べれたんだが」
『あれ以上さらに!?』
自分では普通のことなので、驚かれるとちょっと戸惑うなぁ……
しかし、一番驚いたのが会計のときである。
金貨だったから助かったものの、この大陸では俺の通貨がまったく使えないのだろうか?
ま、それはともかくとして――
俺は部屋にある椅子に座ると、クドとフィンドも座っていく。
「んじゃ、本題に入ってもいいか?」
俺が言うとクドがうなずく。
「はい、あなたを連れてきてと言ったのは、僕らの家に一緒に住んでいるラオンさんという方なんです」
「真紅の髪に瞳を持つ、灰色一色の狼を探してきてくれと、な……最初はラオンがとうとうボケたかと思ったが、そうでもないようだな」
「えぇ、クレスさんは確かに見つかりましたし、どうしてわかったのかはわかりませんが……」
「……つまり、あんたのとこのラオンって奴が、俺を探して連れてこいって言ったんだな……
その理由は?」
クドが横に首を振り、一言。
「……わかりません」
何もかも見通す、謎の存在、みたいなものか……
ただ同居してるんだから、こいつらがそれなりに信頼できる関係じゃないとなりたたないな。
自分には今逃げることもできるが、そいつの存在を知らない限り、意味不明な現象を解決できなさそうだな。
「そういえば、一つ……お前の使う魔法はなんなんだ?」
「……へ?」
「魔法の構成が、俺が今まで見てきた魔法の中で一つも当てはまらない。確かにその存在自体が初めて見たものだが、
すべての魔法には元があるように、お前の魔法は何か根本的なものが違う気がする」
「んなこと言われても、あんたに放ったのは『氷結の矢(フリーズ・アロー)』、氷系下位魔法、殺傷性、呪文詠唱の長さ、魔力の使用容量すべてにおいてオールラウンドな魔法。
簡単な魔法使いならすぐにでも覚えられる魔法なはずだし、根本的違うはないはずだけど……」
「……そうか……」
あまり納得いかないような返事だが、おそらくここで自分の魔法を説明すると、一昼夜かかりそうだし……ま、いっか。
しかし、根本的な違いと言うものがあるのだろうか?
確かに自分が撃った氷結の矢は、魔力の大きさによって本数とその大きさに多少違いは出るだろうが、根源は同じである。
魔法の元となる力を借りて、自分の魔力でそれを構成し、発動させる。
それが魔術を使うものの根源みたいなものである。
やはり納得行かないのか、フィンドはテーブルにひじをついて自分の顎を押さえて聞いてきた。
「……他にどんな魔法があるんだ?なんか……簡単なものでいいからよ、一つやってみせてくれないか?」
「……自分が手の内明かすと思う?」
「いや、おもわねぇよ、だからこそ簡単なものって言ったんだ……魔法なら攻撃するような奴以外にも、戦闘にはあまり役に立たないもの……とかなんかもあるだろ?」
まあ、それくらいならいいかな……
ふぅんと俺はうなずいて、テーブルの上に手を開いて乗せる。
そして、俺は言葉と共にそれを発動させた。
「ライティング!」
俺の手に平に、光量微量、継続時間半永久的な光の玉を生み出す。
だが、微量とは言っても、この部屋にあるろうそくよりかは断然にこっちのほうが明るい。
「わぁ……」
クドが思わず声をあげる。
俺はそいつを部屋の中心へと上げるとそのまま話を続けた。
「こいつが明り(ライティング)の魔法だ、ちょっと基礎を覚えれば光の強弱も自由自在だ」
「ふむ……」
「根本的に違う……ってやっぱり思う?」
フィンドはすぐにうなずき、クドも若干遅くうなずく。
「……まあ、これはあんたらが俺を連れてこいって頼まれた奴に会ったら、詳しく教えてやるよ……そっちのほうが落ち着いて話ができるだろ?」
「そうだな、まずは帰宅することを頭に入れておかないとな……」
「そうですね……一応、買い物も頼まれてますし、それは帰る前に済ませちゃいましょう」
にこやかに言うクド、やっぱりこいつを見ると何か、忘れてたことを思い出すような……


「さて、お前達は風呂にでも入ってきな……」
「あれ?先輩は?」
「俺は簡単な仕事をまとめてくるから、ま、すぐに後から行く」
フィンドが腰をあげて、クドを撫でると部屋の扉の前へ歩いていく。
「何かしたらぶっ殺すぞ?」
「うわぁ……」
なんかクギをさされたようだ……
そうしてフィンドは部屋を出て行き、俺とクドは大浴場へと足を運んだ。
いったいどうやったらこんな宿に風呂があるのかわからなかったが、確かにあった。
どういうわけか、地下に大浴場を作ったようである。
階段を下りていくと湯気が自分達を包み込む、すでに脱衣所に入る前にこの湯気の濃さが今の季節を実感する。
そうか、今秋ごろなんだな……
にこやかに入るクドを見て、また何か――脳裏によぎった。
考え事をしていたら、次に気がついたら風呂の中にいた。
どうも日常の単純な動作は頭の中に入らないらしい、ちゃんと服を脱いで風呂用のタオルを持って入ってきている。
やれやれ、疲れているのだろうか?
隣を見ると、クドがふぅと息を吐きながら気持ち良さそうに入っていた。
「なあ……」
「……はい?」
「お前とフィンドは、どういった関係なんだ?」
我ながら直球すぎただろうか、言ったそばから後悔の波が押し寄せてくるかのようだった。
クドはあきらかに赤面し―
「え、えっと……先輩と後輩の仲、ですよー」
それでも笑みをちゃんと浮かべて答える。
「そうか……」
また襲い来る沈黙。
しかし、そんなに長くもなく、その沈黙はいともあっさり破られた。
「あのー……最初に僕と会ったとき……誰と間違えたんですか?」
ぴくっと自分でもゆれたのがわかる。
最初に会った、あの時……自分は誰を思い出してたんだろう……?
(お前、……か?レ…なのか!)
ダメだ、自分の言ったことすら、思い出せない。
レ……なんだ?
「レンさん、という方は……クレスさんの大切な人なんですか……?」
「……レ……ン?」
(お前、レンか?レンなのか!)
今、自分で言ったことを思い出した、ように思えた。
レン……?誰だ……
「俺にも……レンは誰だか、思い出せない……」
「……そう、ですか……」
襲い来る沈黙、お湯の出る音だけがこの空間を支配している。
気がつくと、他の客はいないようである。
気まずさに負けたのか、クドはまた話しかけてきた。
「……僕と、そっくりなんですね、その人は……」
俺はクドのほうに、視線を向ける。
その視線に気がつき、クドもこっちに向き、また恥ずかしそうに視線をそらす。
容姿、体つき、行動、言葉の使い方……何かを思い出せそう、だ……
クドが疑問の表情を浮かべながら、こちらを見つめる。
「クレス、さん?」
クドの呼びかけと共に、また襲い来る頭痛!
なんとか声をあげずとも、まわりから見たら確実に異常があったように見えるだろう。
両手で頭を押さえて、痛みをこらえる。
クドは何度も俺を呼んでいる様だが、その声がまったく耳に届かないほど激痛が走る。
おさまるのに、だいぶ時間がかかった。
それと同時に、俺はある奴を思い出した……
「レン……!」
「へっ……?」
「お前はレンじゃないのか?レン!」
気がついたら、クドの両肩を持って呼びかけていた。
「ちょっと、!クレスさっ!」
勢いあまってクドを押し倒していた、それでも、こいつは―

がららららっ―
その時、脱衣所へいくためのドアが開かれた。

刹那、俺は宙を舞っていた。
タオルが見えるなーあれ俺のか?…なんて他愛の無い事しか思い浮かばない。
だってどうしようもないし!顔すげぇ痛いし!それに…

「…………………………………………」

下から表情が消えて殺意だけ満々な天使の翼を広げた断罪者(フィンド)が追っかけ来てるし!!

「ちょ、タンマタンマタンマ!!」
最低限の足掻きはしてみる、これ以上痛いのは勘弁!
「安心しろ。」
返答があった!?
「死なない石選んでやるから。」
あ、なんか死刑宣告。さよなら俺?

…数秒後。

「せ……先輩、やりすぎですよ!?」
「いいや、今回は絶対やりすぎなんて事は無い。」
あのあとキャッチされてパイルでドライバーな事をされてしまったわけである。
でかいタンコブが浮力になってるのか、クレスはぷかーと浮かんでいる。
「で、でもほら、鈍い音してましたし!」
「………まぁ、選んだしな。」
「選ばないでくださいっ!
 ひとまずクレスさんにヒールかけないと!」
クドは早速クレス(のたんこぶ)に治癒の術を施す。
みるみるうちにクレスの頭にできたたんこぶは消えていき――クレスもずぶずぶと……
「…なぁ、クド、沈んでるよな?」
「あわわわわわわ!!!
 せ、せんぱーい!!」
「さ……さすがに水没はまずいか……。」
「ち、違うんです、沈んだ後どこにいったかわからなくなっちゃって!!」
「なんだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
引き上げられる頃には茹でクレスの完成は間違えなかった…。


夜中、月が天を支配するように淡くも力強い光を放っていた。
眠れない夜ってのは誰もがあるはずだ、そんな日は……俺の嫌な予感は最大限に当たる。
よく旅人なんかを襲う盗賊とか、何かの事件にいつの間にか巻き込まれてたり……今の状態だと後者が一番高い可能性をもっている。
といってもいつ、事件に巻き込まれたのかは知らないんだけどなぁ……
俺は窓の淵に腕をついてはふぅ、とため息を吐く。
2人部屋を3人で相部屋ってことになったんだが、床で寝ることにならなくてよかったと心から思った。
俺はベットを一人で取り、クドとフィンドが二人で寝てる形になっている。
まあ……なんかバリケードがしかれてるのは気のせいではないだろう。
自分でも何やってるんだかあまり……いや、まったく覚えすら感じない。
ただ、クドをたびたび襲いかかったことは事実、記憶がないとは言え反省すべき点である。
また、ため息を吐き出す。
「眠れねぇのか?」
バリケードの先から声が聞こえた。
「ちょっとな、まあ昼寝もしてたしな……眠れねぇのはしょうがないかな、って思ってる……」
俺もバリケードの先にいる奴に話しかける。
そいつはそうか、と一言いって、また沈黙が現れる。
見知らぬ土地、見知らぬ連中、見知らぬ……世界……
旅に出た当初はドキドキしていた世界、すごく楽しく感じた見たこと無い土地……だけど、なんだ……
俺にはここは不安要素ばかりに感じる……
世界に一人だけ――俺だけ、違う……何か……
ふいに、頭をわしづかみにされたのを感じた。
「んな風に考えぶってると、余計眠れねぇぞ?」
「……あ〜、今フィンドの愛をひしひしと感じてるよ……特に頭蓋骨辺りに」
俺はフィンドの手を振り払い、そいつのいるほうに振り向く。
「何も徐々に力を入れていなくてもいいだろ?」
「なに、永眠させてやろうかと思ってな」
まだ怒ってるか、こいつは。
「二度も手を出したからな、本来なら魂までも滅ぼしてやろうかと思ったが……」
「うわぁ……マジで言ってるのか?」
「大マジ」
即答しやがった。
「ちょっとそれは酷いんじゃないの?」
「そんなのは軽い代償だろ、忠告しておきながら手を出したお前が悪い」
「まあ、それは悪かったって……俺だって、襲う気はさらさらないんだからな……」
また空の月を見る。
金色とも見えるその月は、今の俺には不安をなくせる要素でしかない。
そう思いふけりながら見ていると、左右の頬を思いっきり掴まれた。
「ちょい!?お前……」
振り向こうとしたが、頬をつかまれてるせいで動けない。
「不安、なのか?」
むこうが俺の心を読んだかのように聞いてくる。
俺は口を一瞬開きかけたが、閉じた。
頬を掴んだ手を離して、フィンドは俺の頭に手を置く。
「……不安なんて吐き出しちまえばいいじゃねぇか……お前一人で抱えてるつもりか?
仲間ってわけじゃねぇけど、連れて行くって言った身だ……その間だけでも仲間でいられるんじゃないのか?不安なら何が不安か言ってみねぇと、まわりの人間はそんなことわかんねぇよ」
フィンドの言葉が妙に心に突き刺さる。
今まで自分はこれをしなきゃいけない、あれをしなきゃいけないとは思ってはいたが……不満なんて、いつもぶちかましてるつもりだったが……
「そうでもないらしい……」
「あん?」
「いや……こっちの話だ」
苦笑しながらフィンドに答える。
それを見てフィンドが顔を近づけ。
「今から3秒いないに話したいことを話し始めろ……3……2……」
「ちょっと……お前は唐突過ぎる」
笑いながら、俺はフィンドを止めた。
その夜はフィンドとたわいも無い話をした。
その中で自分のこともいくつか話したり、フィンドとクドの出会った経緯なんかも聞いた。
結構長いこと話をしたのち、俺達はふたたびベットに戻った。
なんだかんだで、険悪な空気がなくなったので良かったと思う。
しかし……俺の嫌な予感は、未だに消えないでいた。


早朝、まだ太陽が出て間もない時刻に俺は起こされた。
フィンドが言うには、買い物に出かけるからその荷物持ちだそうだ。
元々俺を回収するのはついでで、本来の目的は買い物だったようだ。
そして、狙うは朝市。
お店の人がまだ店を出して間もない時、品物は大量にある。
そのときはどの店も商品を何点かおまけとしてくれるらしい、それを狙って安く大量の物をゲットということらしいのだが、荷物持ちが二人って、どれだけ買うつもりなんだこいつら。
まあ、そんなことは人のことは言えた義理じゃないが。
クドが店員の人と話しかけて買っておまけをもらって、遠くにいる俺達に荷物を渡しての繰り返しをしていると、若干誘惑に負けつつある俺の胃袋が、とうとう音を上げた。
「なんだ?腹減ってるのか?」
フィンドがクドに渡された買い物袋を持たされた状態で聞いてきた。
「朝から何も食ってないのに、フィンドは元気だなぁ……」
「一食ぐらい抜いても死なねぇよ」
「……そりゃそうだが……」
はあ、とため息を吐き出す。
昨日今日と引き続き、ため息を吐く量が増えてきてる気がする。
クドの様子をほのぼのと二人で見ていたら、左右にガタイのいい連中が俺とフィンドを囲む。
「よう、兄ちゃん……ちょっと面かしてくれねぇか?」
「なあに、話があるだけだ、兄ちゃんたちが何もしなければ……すぐに終わる」
いつの時代のごろつきだ。
一瞬声に出そうかと思ったが、何とか飲み込んで違う言葉を出す。
「そうね、ちょっとそこの路地裏まで行こうかな?なぁ、フィンド」
「そうだな、すぐに終わるみたいだしな」
にこやか〜にそう返すと、俺とフィンドは路地裏へと連れて行かれた。
当然のごとくそこは薄暗く、人の気配も薄い、おまけに俺達の後ろは壁というまさにごろつき連中がよく立ち寄る場所のようである。
ちなみにさっきいったすぐ終わるというのは嘘じゃない、何故なら……ごろつきが口を開ける前に完膚なきまでに叩きのめしたからである。
数できてもそうだが、それぞれ1対1になるような数で来るのは自分の力に過度な自信があるからである。
まあ、その自信までも叩きのめしたんだけども。
「弱えぇな……時間の無駄だったな」
「ふふん♪まあそれなりの報酬はもらうけどねぇ〜」
俺とフィンドが倒したそれぞれのごろつきの荷物を剥いでいく。
「中身もしけてるな……」
がっかりしながら言う俺にフィンドが言う。
「そりゃカツアゲするような連中だから、金があったらそんなことしねぇだろ?」
「……まあ、そりゃそうだけど……」
いつもの感覚で話していると、俺はふと思った。
「なあ……」
「ん?」
「これっていくらぐらい?」
「………………」
こいつ大丈夫か?という感じの顔で見られた。


「気を抜いたな……」
森を飛んで行く俺とフィンド、俺は魔法でフィンドは自前の翼で。
時間は少しさかのぼる。
俺とフィンドがごろつきを倒した後に、元の場所に戻るとクドはいなかった。
探していると、ある店の人が紙切れを一つ渡された。
内容を見ると、どうやらごろつき達はおとりで、本来はクドをさらうのが目的だったようだ。
その目的は……たぶん俺だろうな。
「まさかさらわれるとはな……ちっ……」
「毒づくのは後にしたら?」
俺はある場所を見つけると、その手前のしげみへ降りていくと、フィンドもそれに続く。
挑戦状とも呼べるそれを置いていったのはこの付近に出没する盗賊の連中らしいってことはわかった。
んで、その場所がここである。
つまり、クドは預かったから自分達の本拠地に来いということだろうけど……
「アホじゃないのか?あいつら」
見たところ門番もおらず、ただただ昼間っからたいまつに火がくべてあるだけである。
いかにも罠がありますよって感じである。
「どうすっか?このまま突っ込むのもありだけど……」
「いや……まずクドの安全を確保してからだな……」
「ん?なら二手に分かれるか?俺はボスを、フィンドがクドを……って感じは?」
「むぅ、悪くないが……半殺しまでにしておけよ?俺も後で殴りにいく」
「りょーかい」
早々と作戦を決めて、俺達は駆け出す。
ちょうどよく入り口に入った瞬間、左右に分かれた道があった。
「んじゃ、また後でな」
「おう」
俺は一声かけ、右の道へと走っていく。
薄暗い通路が続く、さすが罠にかけようとしてるだけあって、無駄なコマは使わない主義なのか……一人も出てこない。
んー……。
ふと一回、二回曲がり角を曲がっていってふと思い浮かんだ。
もしかしたらと思い、俺は呪文を唱える。
そして、俺からみて左の壁に向かって――
「火炎球!」
放たれた光の球は俺の違和感を覚えさせながらも、壁に向かって炎が炸裂した。
爆煙が通路を包み、やがて薄れていく先に見えたのはわずかに壊れた壁。
通れないことは無いが……なんだこの力の減少。
「しゃあねぇ……うりゃああぁぁぁぁぁっ!!」
割れかけてる壁にめがけて俺の蹴りが入る。
音を立てて壊れる壁、壁の一部がとんだみたいだがソンなのは無視。
「さて、どういうことか説明してもらいましょうか?」
そこにいたのは前日にぼっこぼこにしたごろつき風AとBとC、他に椅子に座ってるえらそうな奴と、雑魚が何名かいるぐらいのちっぽけな盗賊団のようだった。
俺が出てきたのは本来入ってくる入り口を背にするなら左の壁をぶちやぶってきたことになる。
そのせいか、俺が瓦礫の上を歩くと微妙に柔らかい部分がちらほら。
「まあ、どうせ俺に対して逆恨みで行ったことだろうけど、冗談じゃないよ!」
「う、うるせぇ!てめぇら!数ではこっちのが断然有利だ!やっちまえ!」
『おおぉぉ!』
「火炎球!!」
なにやら掛け声をあげてる間に、俺は呪文を唱え終え、魔法を解き放つ。
そのおかげで8割方の盗賊たちが地に伏した。
「ほら減った♪」
にこやかに言う俺になんとか生き残った数人は頬を引きつっていた。
「覚悟はいいかな?」
その言葉と同時に、部屋に響く断末魔の叫び声が、戦いの幕があっけなく終了したことを……しらされたのだった。


なんとかクドを助け、森の中を歩いていく俺達。
盗賊達から金目の物をかっぱらい、自分は大満足なのだが……どうやらフィンドは不満だったようだ。
それもそのはず、本来殴るつもりだったのがなくなってしまったからである。
その道すがら、気配を感じ取った俺とフィンドは同時に足を止めた。
「おい……」
「あぁ、わかってるさ」
クドは二人を見上げて、戸惑っている。
「どうやら、このイライラを発散できそうだな」
「そうみたいだ」
そういうと、茂みから出てくるのは先ほどの盗賊達(焦げ付)。
どうやらリベンジできたようだが……
「さてと」
「んじゃ」
『始めるか!』
活き活きとした表情で言う俺とフィンド。
その日、その森から断末魔の声が二度響いたと、近辺の村や町に噂が広がっていった。